【お知らせ】レイニー ブルーの由来
2025-08-19(Tue)|お知らせ
映画レイニーブルーは、仮タイトルなどなく、初稿の段階から「レイニーブルー」でした。
その理由は、柳監督が玉名高校演劇部に在籍していたとき、熊本大会で観劇した強豪校(第一高校)の舞台「笑ってよゲロ子ちゃん」で、徳永英明「レイニーブルー」が効果的に使われていたからなんだとか。
「レイニーブルー」という楽曲が持つ切ないメロディーとボーカルがマッチしていて、とても感銘を受け、自身もいつか、この楽曲をたっぷり使って創作をしたい!と強く思ったんだそうです。
そして、今回、その「笑ってよゲロ子ちゃん」の物語が刈谷市で誕生した!という事実を知ることができました。
約6割が不登校児という環境で教鞭をとる刈谷東高校の兵藤教諭が、生徒たちのために考え出した舞台なんだそうです。今では、高校演劇にとどまらず、一般の劇団でも取り上げられています。
ラジオ局を舞台に、高校生たちが大人を演じるという異色の設定。脚本は、普段なかなか接する機会のない職業人を高校生たちが演じるという新鮮な設定が特徴で、台詞を覚えやすくするために、ラジオ局という舞台設定を選んだという意図もあるようです。
東海地域で最初に公開が決まった場所が刈谷市ということは、ゲロ子ちゃんに導かれたのかもしれない!と改めて感じました。